スポーツでは、機能性よりイメージ戦略・・・だったはずだが・・・
先日開催された「日豪対抗水泳(正式名ではないかも・・・)」の男子200メートル背泳ぎで、脅威の世界新記録をマークした入江陵介選手(近畿大学)の記録が、着用した水着が国際水泳連盟(FINA)で認可されていないことを理由に、世界新記録として認められない、といった前代未聞の問題に発展していますよね。これに関する詳細は、「asahi.com(朝日新聞社)::入江の水着認可外 どうなる世界新」で確認することができます。
競泳の入江陵介(近大)が日豪対抗の男子200メートル背泳ぎで従来の世界記録を上回る1分52秒86をマークした際に着たデサント社製水着を、国際水泳連盟(FINA)は認可せず、修正のうえ再提出を求めた。FINAは日豪対抗での入江のタイムについて「手続き中の事例でコメントできない」としているが、世界記録として公認しない可能性がある。
問題の水着はラバー製で、水や空気を通さない。素材自体は浮力や厚さなどの基準を満たしていたというが、水着内に空気をため込むことをFINAは問題視したようだ。
上記の記事によれば、昨年の北京オリンピックで問題になった英スピード社のレーザー・レーサー(LR)は織物素材で認可され、ラバー素材やポリウレタン素材の水着は認可しない、ということらしいのですが・・・素材によって、認可、不認可を決定する、というよりは、水着としての新素材を評価しているというよりは、水着そのものに対して評価しているので、認可・不認可の問題はまだまだ続きそうです。
水着を「道具」として捉えるのは、ちょっと早計かもしれませんが、水泳競技の道具としての最も基本的な機能と考えられる「より速く泳げる」といったことを、企業戦略として軽視してきた「つけ」がまわってきたと考えて良いのではないでしょうかね。
こうした状況は、ちょっと古い記事になりますが、とても興味深い記事がありますので、ご紹介しておきましょうね。それは、「日刊サイゾー::一流選手を金で買う大企業 虚飾のスポーツブランド戦争(前編)」と「日刊サイゾー::一流選手を金で買う大企業 虚飾のスポーツブランド戦争(後編)」です。
今夏の北京五輪を前に、スポーツ界に激震が走っている。日本水泳連盟はミズノ、デサント、アシックスと2012年までのサプライヤー契約を交わし、その体制で北京五輪に臨むつもりでいた。しかし競泳日本代表の現場などから「世界新記録を多数出し、着用テストで日本代表選手が0.5秒もタイムを短縮できた英スピード社の新作水着“レーザーレーサー”を着用できないのはいかがなものか」という声が上がり、契約を見直す動きが活発化しているのだ。
個人契約ではなく、連盟が契約してたというのもちょっと驚きですが・・・この契約は、個人競技である水泳において、各選手の「水着選択の自由」を奪っていたのですが、企業としては、選手を丸ごと抱きかかえることができるのですから、こうした契約は、都合が良い!
ただ、城の記事では、過去を以下のように振り返っています。
いかにスポーツ用品メーカーが鮮烈な写真や映像を大量にばらまく手法を採っていたとはいえ、根本には、機能面を重視した商品開発があり、職人が自負する高い品質を保証したうえでの広告合戦だった。
即ち、基本的な「道具の機能を追及するための商品開発」を軸に、ある時は採算度外視の戦略があったのです。ところが、そうした「昔の良き時代」から以下のように変化していくようです。
ただ、競技性を追求したスポーツ用品の次の展開が、“カッコイイ”イメージであることをいち早く見抜いたナイキは、勝負の軸をファッションに変えてしまう。
そこから、イメージ戦略のための莫大な契約料が飛び交い、選手の囲い込みや引き抜き合戦が激化していく。
こうしたイメージ戦略が、残念ながら競泳競技で露見してしまった感がありますが、水泳だけではありませんよね。そうしたことは!
スポーツ選手の写真を撮るとき、「すみません、着替えていいですか?」と待たされることがよくある。契約ブランドのウェアでなければ、公に登場することができない縛りがあるからだ。つまり、トップアスリートのカラダは、頭のてっぺんからつま先まで、選手自身だけのものではなくなってしまっている現状がある。
こうした傾向は、水泳に限りませんからね・・・
あくまでも契約事であるから、互いの力関係は状況によって変動するはずだが、いずれにしろ、メーカーにとってトップアスリートとの契約が死活問題であることは確かなように思える。
(中略)
競技場の外にある「企業の思惑」が、日程や勝敗を「操作」し、現場に露骨に影響を与えたなら、観る者の気持ちは一気に醒める。ビジネス化が行き過ぎれば、アスリートとメーカー企業の関係性は歪んだものとなり、「本当は絡むのは嫌だけれども、契約料をもらえるから仕方なく関係を受け入れる」という“メーカー=必要悪”に堕してしまいかねない。
(中略)
公平に選出されたベストコンディションの選手たちによる競技の実施と、多額の投資を回収するための企業活動。それらを正しく均衡させることが、スポーツを取り巻く産業に突きつけられた課題なのではないだろうか。
結局のところ、企業側として、本来の競技に対する公平性やベストコンディションでの競技実施をどうやってとらえて、そうしたことを前提とした企業戦略をどうやって構築するのか・・・そんな基本に立ち返る必要性が再度出てきたと考えて良いのではないでしょうかね!?
我々コンサルタントは、スポーツビジネスに関わらず、各企業における「本質」を明確に理解する、または明確に定義することによって、何を、どうやって実現し、クライアントの利益を拡大していくかを考える必要がありそうです。
今のコンサルタントの多くは、最先端のソリューションに走り、上述した「本質」を全く無視してのコンサルテーション(私個人としては、ソリューションの提供にしか見えませんが・・・)を実施する必要がありそうですよ。



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