アラフィフは、コミュニケーション疲れで表現しないのでは!?
一つ前の本ブログの投稿記事、「「アラフォー」ならぬ「アラフィフ」の主張」で、勝手に「アラフィフ(48歳から53歳まで)」と定義しました。コンサルタントとは、独断と偏見で何でも自分なりの定義をしたがる人種としてお許しして頂くとして。
ちょっと気になっている投稿記事があるので、自分なりの解釈を入れて御紹介しておきましょう。
その投稿記事とは、「2009-05-17 – 未来のいつか/hyoshiokの日記::40代、50代の人たちはなぜ表現しないのか」という記事。どうやら、ブログの主催者は50歳前後の方のようで、ネット上で、40代、50代の方からの情報が少ないのでは、と問題提起していると考えられる投稿内容です。まずは、ちょっと引用させて頂きましょう。
インターネットの未来の一断面を「総表現社会」と梅田望夫は「ウェブ進化論」(2006年)の中で希望をもって述べた。3年たった今日現在、日本という地域では、インターネットを能動的に利用する若い世代(おそらく40前後がその上限)、あるいはヒマ人以外には、表現をする人というのはほとんど現れていない。少なくともわたしと同世代(50歳前後)にはそのような表現をする人はほとんどいない。
これって本当でしょうかね!?少なくとも、私の周囲には、上記のブログの主催者と同年代、つまり「アラフィフ」の方々が溢れていますけど・・・そう主張している私も、「アラフィフ」に属しているコンサルタントです。上記の文面で、「そのような表現」と指摘されている内容が、私のような凡人には、いま一つ明確に理解できないので、私の解釈が間違っているかもしれませんが。
更に投稿記事では・・・
わたしの世代(50歳前後、ということですね!)では、中間管理職として企業の中核を担いつつ、家庭では子供が中学、高校、大学と、進学だ教育だというところで悩み、住宅ローンの返済に追われ、両親の健康状態が心配というような世代なのだが、彼らはほとんど表現していない。
正に世代の説明としては、過半数の「アラフィフ」の方々に当てはまる、それでいて、なかなか言い難いことを明言してくれています。しかし、最後の「彼らはほとんど表現していない」というのが全く理解不明・・・世代の説明と、この「表現していない」ということがどう結びついているのでしょう!?何度も何度も読み返すのですが(同世代ですから!)やっぱり解らないのですよ・・・
そして決定的な表現が・・・
彼らは(40代、50代のことでしょうね!)優秀で頭がよくてよく働く。皆忙しい。彼らにとってインターネットで表現するインセンティブはまったくといってない。ブログを書くことによって、経済的に豊になれるとか仕事がうまく行くとか人生の様々な難しいことが簡単になるとか、そーゆー分かりやすいメリットはまったくない。会社の中でブログを書くことを奨励されているわけでもない。
(中略)
ネットの言論の質が低いとか、そーゆー話ではない。同世代の表現量が圧倒的に少ない。少ないから量が質に転換しないのである。わたしはあなたのブログを読みたいのである。だけどこの声が届かないもどかしさを感じるのである。どうすればいいのだろうか。
こうした表現をされちゃうとね・・・やっぱり、近づき難いんです。まずは、「彼らは」と表現して、まるで自分以外の方々といった雰囲気がプンプンとするんです。敬意を評して「優秀で頭がよくてよく働く。皆忙しい。」と表現しているのでしょうけど、文面からは「私は、同世代の他の皆さんとは別格です」って感じがしてしまって・・・どうも好感が持てません。私も「アラフィフ」ですから、もうちょっと好意的に文面を捉えられても良いのではないかと、一生懸命、自分の初期段階の解釈を否定することから始めても、やっぱり受け付けないんですよね、この方の文章スタイルが。
そうした中、「asahi.com(朝日新聞社)::「ツイッター」って何だ?」というページを見つけました。「ツイッター」という最大140文字という短いメッセージを交換する「マイクロブログ」というのが流行っている、という話題ですが、この「マイクロブログ」では、圧倒的に40代、50代という世代がはまっている、と聞いたことがありますが・・・
その中で、以下のような「マイクロブログ」が流行る理由の記述があります。
ネットの最大の楽しみはコミュニケーションでしょう。メールやチャットはもちろん、ブログやSNSなども「知らない人と対話する窓口」として、多くの人々に使われています。
でも、問題もあります。代表的なのが「コミュニケーション疲れ」。例えばメールで友人とやりとりしているとき、そろそろ休みたいのに、返事が来てしまってなかなか対話が打ち切れない、なんていう経験はないでしょうか?
ブログやSNSも同じです。読者が増えてくると、楽しい一方で、どうしても「いいものを」「頻繁に」更新しなけれは・・・という期待やプレッシャーがかかってきます。しかし忙しい生活の中で、質の高い記事を頻繁に書くのは大変。「楽しいのにめんどくさい」という気分が出てきて、更新意欲が失われがちです。
原因の一つは「コミュニケーションが濃密すぎる」点です。自分のペースで気楽にコミュニケーションができればいいのですが、「相手」がいるのでどうしてもそういかないわけです。
40代、50代の世代が、「インターネットで表現するインセンティブはまったくといってないし、ブログを書くことによって、経済的に豊になれるとか仕事がうまく行くとか人生の様々な難しいことが簡単になるとか、そーゆー分かりやすいメリットはまったくない、更には会社の中でブログを書くことを奨励されているわけでもない」という状況下でも、「「いいものを」「頻繁に」更新しなけれは・・・という期待やプレッシャーがかかって」継続できなくなる・・・これが、40代、50代の世代の表現を引き出しにくくなっているのではないでしょうかね・・・結構真面目なんですよね、この世代は。更に、多くのこの世代の方々は、中間管理職ということもあって、「より良い、濃厚なコミュニケーション」を自然と意識してしまっているのですよ。巷に溢れている「面白くないブログ」になることを恐れて。
正に、私は上記のような理由から、「濃厚なコミュニケーション」を期待し過ぎて何度も失敗してきましたから・・・




最近のコメント